01.ご奉仕体験記

あかりさんの記録(その3)雨の金曜日、はじめまして

前回は、あかりさんと会うまでのメッセージのやりとりと、約束の日が決まったところまで書いた。

いよいよ、当日のこと。金曜日は、朝から雨だった。

チャイムが鳴る前から、緊張していた

正直に言うと、僕はその日、約束の時間の一時間前から落ち着かなかった。

部屋を何度も見回して、飲み物は何がいいかな、とか、寒くないかな、とか。そわそわして、意味もなくクッションの位置を直したりしていた。40半ばの男が、である。

やがて、チャイムが鳴った。

その瞬間、心臓がびくっと跳ねた。何年こういうことをしても、いまだに慣れない。ドアの前で一回深呼吸して、手のひらの汗をこっそりズボンで拭いた。かっこ悪い。でも本当なんだから、仕方ない。

あかりさんは、肩を濡らしていた

ドアを開けると、あかりさんが立っていた。

雨のなかを来たせいで、肩がしっとり濡れて、髪の先から雫が落ちている。傘、あんまり意味なかったんだな、と思った。

「あ……はじめまして。あかりです」

そう言った彼女の声は、少し震えていた。緊張しているのが、すぐにわかった。

「はじめまして! あ、いや、えっと、とにかく入ってください、冷えちゃうんで!」

僕はなぜか妙に大きい声を出して、しかも噛みそうになった。落ち着け、僕。せっかく勇気を出して来てくれた人を、こっちの挙動不審で怖がらせてどうする。

でも、あかりさんはその僕を見て、ふっと肩の力を抜いて、小さく笑ってくれた。「なんだか、緊張してるの、私だけじゃないんですね」って。……ばれてた。

タオルを渡して、まずは座ってもらう

乾いたタオルを渡す。ただそれだけのことなのに、指先がぎこちない。

温かい飲み物を淹れて、ソファの隣に座る場所をつくった。あかりさんが両手でカップを包んで、ふう、と息をつくのを見て、僕もようやく少しだけ息ができた。

湯気の向こうで、あかりさんの顔を見る。メッセージのやりとりで想像していたより、ずっと疲れた顔をしていた。笑おうとしているのに、目の奥がくたびれている。ああ、この人はやっぱり、ずっと無理をしてきたんだな、と思った。

こういうとき、僕は気の利いたことは言えない。「今日どうでした?」なんて器用に切り出すのも下手だ。だから、ただ黙って隣にいた。

外の雨の音だけが、部屋を満たしていた。

「今日ね、ほんとに、いろいろあって」

しばらくして、あかりさんがぽつりと言った。「今日ね、ほんとに、いろいろあって」。

その一言を、僕は宝物みたいに受けとった。

職場でのこと、家でのこと、ずっと誰にも言えなかったこと。あかりさんの話を、僕は口を挟まずに聞いた。うなずくことしかできない。「そっか」「うん、そうだったんだね」って、それしか言えない自分が、ちょっと歯がゆかった。

でも、たぶんそれでよかった。あかりさんの声が、だんだんやわらかくなっていったから。途中、目にうっすら涙がにじんで、僕はどうしていいかわからず、ただそばにいた。

ぜんぶ吐き出して、あかりさんは長い息をついた。「……なんか、すっきりしました。聞いてくれて、ありがとうございます」。

はにかむように笑った彼女を見て、ああ、来てくれてよかったな、と思って、それをうまく言葉にできなくて、「いや、こちらこそ」とよくわからないことを口走った。

雨は、まだ降っている。心がほどけたなら、次は体のほうもほぐしてあげたい。惚れたとかじゃなく、それが僕のやりたいことだから。そんなことを、こっそり考えていた。(続く)